[北大河原/石仏]十一面観音種子磨崖碑(Stone Sign of Buddha)

国道163号線の北大河原トンネルをでてすぐ左折すれば、村道大河原東和束線(通称・童仙房道=童仙房へ向かう道)に出ます。浄水場を越えてすぐ、小さな野殿橋があります。下の写真、中央が野殿橋、向こう側が国道163号線、手前が童仙房方面です。野殿橋を渡ってすぐ、小さな道があります。国道から来れば右側、写真では左側です。

 

 

現在は使われていない道です。自動車では進入しないで下さい。野殿橋から60メートルほどなので、距離もありません。下の写真で、奥に見える最初の右カーブを曲がったところです。

 

 

その最初の右カーブを曲がったところで、2人が山を指さしています。十一面観音種子磨崖碑は、たいへん見つけにくく、見えにくい場所にあります。小さなものなのですが、まるで宝探しの気分です。

 

 

周囲に目印もなく、ご案内することも難しいです。順に写真を追っていきましょう。

 

 

2人が指さしている先には、4~5メートルぐらい上に、大きな岩があります。下の写真、中央付近で、少女が上を指さしています。

 

 

写真で見れば、少女の頭の真上あたりです。木の枝陰に、丸い形が見えるでしょうか。

 

 

直径60cmほどの月輪がきれいに彫られています。手が届かない高さで、横からも近づけません。

 

 

十一面観音種子磨崖碑は、月輪の中に十一面観音種子「キャ」が刻まれています。種子(しゅじ)は「たね」ではなく、密教において、仏尊を象徴する呪文(真言)のことです。梵字で表します。

ここの文字は、十一面観音を表しているので、「十一面観音種子磨崖碑」と称されますが、馬頭観音の伝承があります。仏教は慈悲イコール非暴力ですが、優しさだけでは仏道に励まない衆生には「非暴の力」で導きます。その役目をになうのが馬頭観音で、憤怒相をしています。

室町時代後期ごろに彫られたものと考えられています。とすれば、戦国時代にあたり、時代背景が縁となっているのでしょうか。