[南大河原/石仏]十一面観音磨崖仏(Statue of Kannon)

恋志谷神社から木津川沿いに西へ800メートルほど行くと、道ばたに磨崖仏があります。気をつけていなければ、見逃してしまうでしょう。

 

 

京都府南部には、磨崖仏が多くあります。お顔の表情なども、じつにさまざまです。ここの観音様は、お顔に甘い情感がただよい、肩も穏やかな曲線をもっています。観音様を拝見すると、平和を感じますが、作られたのは、戦国時代の最中です。どんな祈りをささげたのでしょう? 当時の世の中とは逆の世になることを祈ったのでしょうか?

 

 

説明板より
十一面観音磨崖仏 大字南大河原

この十一面観音は、高さ111センチメートルの舟形光背を彫り、像高94センチメートルの観音さんを半肉彫りしている。

特徴は通常の姿と異なって、右手に錫杖を持つところから、長谷形十一面観音(観音さんと地蔵さんの合体相)と呼ばれる。銘文には光背外に右「天文3年甲午(1534年)」左「3月18日慶春」の刻銘があり室町時代の造立。この脇の阿弥陀石仏は作風から見て、室町時代よりわずかに降るであろう。

南山城村教育委員会

 

 

観音様の右には、別の岩に弥陀磨崖仏があります。半分埋まっているように見えます。お顔がまるいこと、観音様に雰囲気が似ています。作られた時期は観音様より新しいようですが、すぐ隣に作ったということは、観音様を意識してのことでしょう。戦国時代が終わり、太平の世になっていたでしょうか?

 

 

磨崖仏と反対側には、眼下に木津川が流れています。当時の人たちも、同じ景色を見たでしょうか?